繋靭帯を傷めて休養していた育成馬が半年以上経っても完治せず、運動再開したらまた痛くなった。
イギリス人(って呼ばなくなるのかも。イングランド人?いや俺はスコットランド人だ、とか言われると難しい)コンサルタントがUKの馬外科医に相談したら手術の適応だ、との指摘。
たしかに文献は出ている。
かのNewmarket Equine Hospital のI.W. Wright先生のグループがEquine Veterinary Journal に2018に報告している。
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Surgical management of marginal tears/avulsions of the suspensory ligament branches in 29 Thoroughbred racehorses
29頭のサラブレッド競走馬の軽靭帯脚部の辺縁部裂/裂離の外科的治療
Equine Veterinary Journal 51 (2019) 310-319
Background:
繋靭帯脚部の損傷は馬ではよくある。
それらの損傷のほとんどはまとめて扱われ、病理学的にひとつの概念で捉えられている。
Objectives:
繋靭帯脚部の軸外辺縁の特異な損傷について報告し、その外科的治療と結果について報告すること。
Study design:
回顧的症例調査。
Methods:
9年(2007-2015)あまりの繋靭帯脚部損傷のすべての馬を抽出した。
超音波検査で繋靭帯脚部の軸外辺縁に欠損が観察され、後の手術時に確認された馬を選択した。
Results:
29症例が、繋靭帯脚部の軸外辺縁に特異的な病変の部位の判定基準に合致した。
手術の後、19頭の馬が成功裡に競走した。9頭は調教に復帰したが競走できなかった。1頭は追跡できなかった。
Main limitations:
この研究には非外科的治療した馬の対象群がないので、裂けた組織を除去することが寄与したか確実には評価できない。
Conclusions:
この研究で述べられた損傷の部位と組織学は一致しており、病因学的共通性を示唆している。
この症例群は損傷のこのタイプが特徴的であり、他のタイプの繋靭帯脚部の損傷とは異なっており、以前には記述されていない別な群であることを示している。
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わかりにくい結論になっている。
かなり審査員との戦いがあったのだろう。
繋靭帯損傷でも特異なタイプじゃないか?
手術したから治った、と言えるのか?
と厳しい指摘があったのだろう。
それでも、この繋靭帯脚部の軸外辺縁の損傷なら、傷んだ組織を外科的に摘出することで29頭中19頭は競走復帰できた、ということだ。
ただ、繋靭帯炎は浅屈腱炎とちがって損傷をかかえたまま競走を続けている馬もかなり居る。
この報告の治療対象は、繋靭帯全体がゴチゴチになってしまったような繋靭帯炎ではなく、外側の辺縁部に損傷がある、という軽度のタイプだ。
でも、種子骨付着部の小骨片も含めて瘢痕組織を摘出することが治癒に役立つ、という考えと手技はとても興味深い。
適応症例があればやってみるべきだろう。
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この研究で対象とされたタイプの繋靭帯損傷の超音波画像。
水平断(右が背側、左が掌側)でこの部位に損傷がある馬。
縦断すると、種子骨付着部から損傷があり、種子骨からちぎれた小骨片もある。
この骨片も摘出できる。
X線画像だとこう。
今までは私も、「関節面じゃないから放って置くしかないね。
繋靭帯切り分けてまで骨片摘出する意味はないでしょう。」
と言ってきた。
しかし、実に意外なことに、外側からアプローチして難しくなく瘢痕組織を摘出し、骨片も摘出できる。
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今回、うちでやった症例。
たしかに適応症だろう。
ぜひ競走復帰してもらいたい。
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繋靭帯炎を診たら、超音波検査とX線撮影して、軸外辺縁の損傷ならご相談ください。
繋靭帯炎を外科的に治せるなら、それは多くのサラブレッドに福音となるにちがいない。
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わたしたちはもっと世界に目をひろげ勉強しなければならない。
VimeoにはIan Wright先生も登場する。
すごい馬整形外科医だ。
発表した論文を検索したら171。
多くはEquine Veterinary Journal とかVeterinary Surgery とかVeterinary Recordとか、最高峰の権威ある学術誌ばかり。
マラソンの折り返しコースでトップランナーの姿が見えた気分だ。
そのトップランナーの姿は私たちにも走り続ける勇気を与えてくれる。