夕方、一旦帰ってから「疝痛の馬が来ます」と呼び戻された。
この1週間疝痛を繰り返し、食欲もあまりない、3回診療した、腹囲膨満し、動きたがらない、とのこと。
6時過ぎ、来院したら、
異常な腹部膨満。
まだ分娩予定まで2ヵ月半あるというのに、分娩間近のような腹囲。
下腹部には腫脹があり、左よりは痛がる。
腹囲が大きすぎて、もう腹壁がもたないのだろう。
私は今まで、胎膜水腫、羊水過多、双胎などで妊娠末期の腹壁が裂け、母馬も死んでしまった例を何頭か見てきた。
今回の繁殖雌馬は、まだ分娩予定まで2ヶ月以上ある。
とてもこの腹囲の様子で分娩まで辿りつけるとは思えない。
そして、この1週間の疝痛も、真性の腸閉塞による疝痛ではなく、腹壁の痛みによる疝痛なのだろう。
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訊くと、繁殖供用初年度、次年度と流産、その後2産できたが、第4年度も流産、そして今年度だ、とのこと。
ほとんどまともに妊娠維持できない馬なのだ。
母馬を助けるためには人工流産させるしかない、と伝える。
子馬はいずれにしても助からない。
直腸検査でも、体表からの超音波検査でも胎動は感じられない。すでに死んでいる可能性大。
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子宮頚管を触ってみると、すでに緩んでいて、容易に胎盤に指が届いた。
正常なら、子宮頚管はしっかり締まり、容易には開かず、ピンク色の粘栓が付着しているはず。
胎盤を指で破って人為的に一次破水させた。
大量の薄いピンクの液が出るが、子宮にも腹部にも収縮して押し出す力がないようだ。
シリコンチューブを入れて排液する。が、胎膜が絡んでときどき止まる。
E2ホルモン、PG、オキシトシンを投与してもらう。
子宮の中に手を入れているが、胎仔には手が届かない。
馬は具合が悪そうで、枠場にもたれてしまう。
腹はかなりたるんで余裕が出てきた。
口から泡沫性の流涎。
あとは入院厩舎で様子を観てもらうことにした。
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夜8時、白い袋が出てきた、と連絡。羊膜だ。様子を観ましょう。
8時20分、羊膜が破れた、と連絡。
羊水が抜けて子宮が小さくならないと、胎仔に手が届かないだろう。まだ様子を観ましょう。
夜10時、様子を訊くと馬は痛がらずに伏臥している、踏ん張る様子もない、とのこと。
自力で胎仔を押し出すことはできなそうだ。
朝まで待つと、子宮内と産道が乾いてしまうだろう。
厩舎へ行って産道から腕を入れると、胎仔の頭と肢2本に届いた。
肢に産科チェーンをかけて引っ張ってみるが簡単には出せそうにない。
もう一人の当番獣医師をヘルプに呼んで、診療室の枠場へ馬を移した。
子宮弛緩剤を投与し、子宮内へ産道潤滑剤をたっぷり入れて、頭にも産科チェーンをかけて、両前肢と一緒に牽引して娩出させた。
胎仔がまだ小さかったので出せたが、もっと大きい妊娠期だったら出すのはもっとたいへんだったかもしれない。
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この母馬はもう繁殖供用しない方が良い。
まともに妊娠維持してまともに分娩できる可能性はかなり少ない。
羊水過多がどうして起きてしまうのかわからない。
胎盤が正常に造られない、あるいは胎盤が正常に機能しないのだろうと思う。
子宮内膜に問題があるのかもしれないが、初年度の妊娠から流産しているので、加齢や後天的ダメージによるとは考えにくい。
本来、母体にとって”異物”である胎仔や胎盤を維持できることの方が不思議なのであって、
それがどうしてうまくいかないのか解明することは難しいことなのかもしれない。
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がんばって残っていた庭のリンゴ